スペシャルメッセージ(2010年10月26日 受賞者発表会に寄せて)
渡辺謙さん(第4回受賞者)
異文化への壮大な旅
ドナルド・キーン様、坂口安吾賞受賞おめでとうございます。
昨年、私のような若輩者で一介の俳優がこんな素晴らしい賞を戴いて良いのか、悩みながら新潟に赴いた事を思い出しました。自分自身が坂口安吾という偉大な作家に本当に胸を張って向かい合えるのか半信半疑でした。
「自分の故郷に褒めてもらえた」その嬉しさで少し気持ちが楽になった事を覚えています。
ドナルド・キーン様のこれまでの活動された功績、年月には、この賞はどなたも異論を挟む余地のないものだと思います。ただ、ほんの少しだけ私との共通項を見いだそうとするならば、異文化の国で仕事をされて来たと言う事でしょうか。
旺盛で類いまれなる好奇心と情熱で、ここまで異文化を深く研究し理解し、そして勇気を持って発表して来た道のりは、壮大な旅をされて来たのだと、短い海外生活の経験しかない私でも、その素晴らしさを感じる事はできます。
恐らく私以上に、日本を愛し理解している大先輩の旅に負けないよう、私もこれから日本の心を世界に知ってもらえる為に研鑽、努力しなければと、改めて勇気を戴いた気がしています。受賞本当におめでとうございます。
瀬戸内寂聴さん(第3回受賞者)
不思議な御縁
ドナルド・キーンさま
この度は坂口安吾賞の御受賞おめでとうございます。私も一昨年思いがけず戴いた賞ですので、ひとしお嬉しくなりました。
キーンさまとわたしは1922年生れの同い年ですから、今年は満88歳で、もうそこまで来ている新年には御一緒に卆寿を迎えることになります。ほんとに長く生きてきたものです。
アメリカで生れ、アメリカで育たれたキーンさまと、日本の四国の徳島で生れ、徳島で育った私とが、それぞれの立場であの長い戦争を経験し、戦後共に文学にたずさわる仕事を選び、そのおかげでお目にかかることも出来、親しくおつきあい出来たのも、思えば不思議な御縁でございます。日本人の私が日本文学を学び、日本語で小説を書くようになったのは当たり前のことですが、アメリカ人のキーンさまが、いつの間にか日本の古典に通暁され、源氏物語をはじめ、日本の古典文学全般にわたって、日本人以上に深い理解を示されていらっしゃるのは奇蹟としか思えません。
ここまで日本文学を研究された挑戦の情熱につくづく頭が下がります。私は戦後の新しい小説家の中では坂口安吾が一番好きでした。
小説はもちろん、堕落論などは、敗戦で自分の心も見失っていた私にとっては聖書になりました。堕落論に影響され、熱中したばかりに、私は家を飛び出し墜ちるところまで墜ちました。でも安吾の教えを順法して、小説を書き続けて、どうにか一生の終わりを迎えそうになりました。安吾を信じてよかったとつくづく思っています。
新潟の人たちは情に厚い優しい方ばかりです。この機会に、坂口綱男さんと仲よくなって下さい。純粋なとてもいい方です。
お祝いの会に講演が入っていてかけつけられないのが残念でなりません。
はるかに御盛会の模様をしのんでいます。
近いうちにぜひゆっくりお目にかかりたいものです。
どうか御身御大切に遊ばれることを心よりお祈り申し上げます。
先は出席できないおわびと心よりのお祝いをこめて。
野口健さん(第2回受賞者)
第5回安吾賞ご受賞おめでとうございます。長い間のご研究の成果が実を結ばれて、感無量でございます。今後とも一層ご活躍されますよう、お祈りいたします。
野田秀樹さん(第1回受賞者)
文化の救世主は外から
ご本人とっては迷惑な話だと思いますが、今や、我々の世代には、ドナルド・キーン氏は「伝説」です。「日本人よりも日本の文化に造詣が深く、そして愛してくれる理解者である」という伝説です。出来ることならば、その御尊顔を拝しに、また肉声を拝聴しに、本日伺いたく思いましたが、生憎異国の旅の空の下におります。日本の戦後の破壊された文化状況にあって、その文化を守り育むことの一翼を担っていただいた先人に、日本語を使ってモノを作っている人間の一人として、心より感謝を申し述べたく思います。「自国の文化は、意外にも、外から救世主が現れる」という、フランスかどこかの諺を、思い出します。